【シンガポール生活】保育園が決まらない。フルワンオペで過ごした2ヶ月のリアル

シンガポール生活

こんにちは、にこです☺︎☺︎

シンガポールに来て最初の2ヶ月間、
わが家は保育園が決まらないまま、自宅保育で過ごしました。

来てからでないと手続きが進められず、言われた通りに待った1ヶ月。
「ようやく保育園入園できる!」と思ったら、そこからさらに手続きでもう1ヶ月(泣)

結果としてワンオペで2ヶ月過ごすことになりました。

最初の1ヶ月は、心の準備をしていたこともあり受け止められていたのに、
「もう1ヶ月」と聞いた時は、心が折れました。

この記事では、
保育園が決まらなかった2ヶ月間を、
できごとだけでなく、そのときの気持ちも含めて振り返っています。

特別なノウハウや正解はありませんが、
同じように海外生活や自宅保育に直面した方にとって、
「ああ、こんな時期もあるよね」と思える記録になれば嬉しいです。

最初の1ヶ月は覚悟していた

シンガポールに来る前、日本でできる限りの保育園探しはしてきました。
ただ、わが家は夫の会社ルールと双子同時入園という条件があり、選択肢はかなり限られていました。

通える範囲に、空きのありそうな保育園が、できるだけ多い場所を選んで家を決めました。
保活に少しでも有利な立地優先で家を決めようという判断です。
それくらい保育園は我が家の生活を左右する大きな要素。

日本からウェイティングリストには登録できたものの、
本格的な手続きには、入国後に付与されるFIN番号(身分登録番号)が必要で、日本でできることはそこまで。

シンガポールに到着してFIN番号を取得し、すぐに保育園に連絡。
最寄りの園には空きがなく、次に近い園と3週間後の面談が決まりました。

渡星からすでに1週間。
そこに面談までの3週間が加わり、結果的に最初の1ヶ月はワンオペ自宅保育が確定。

でも、この時点では想定の範囲内でした。

生活をのんびり整えつつ、お出かけも。

日本からの引越しのバタバタがひと段落し、
保育園入園までの1ヶ月はのんびり過ごそうという気持ちに。

とはいえ、ようやく始まったシンガポール生活。
家にこもるのも違う気がして、双子とできる範囲で外に出るようにしました。

ワンオペだったので、定番の観光地ではなく、
双子連れでも行きやすく、気負わず(入場料のかからない施設がけっこう充実)、安全に過ごせそうな場所を探して出かけていました。

平日の週2日はお出かけ、残りの日はおうちプール。
そんなリズムで過ごしていたと思います。

行ったのは、ナショナルギャラリー・シンガポールのアートセンターや、
シンガポール・チャイニーズ・カルチャーセンター、
シンガポール海洋博物館、そしていくつかのプレイグラウンド。

4歳ボーイズが楽しめて、体力を発散でき、
私も消耗しきらずに安全に帰ってこられそうな場所。
毎回「ふたごファースト」で行き先を決めて、チャレンジしていました。

ワンオペで双子を連れての外出はやはりハード。
暑さもあって、帰宅するとぐったり。

それでも、平日の昼間は比較的空いていて、
今思い返すと「行っておいてよかったな」と思える場所ばかり。

一方で、双子は行けば全力で遊ぶのに、出かける前は
「暑いから行きたくない」「お家がいい」と渋りがち。

もうすぐ5歳、主張もはっきりしてきて、
説得して支度をしているうちにお昼を過ぎてしまい、そこから出発する日も多くありました。

気づけばプール育児な毎日

シンガポールでは、外国人が多く住むコンドミニアムには、プールがあるのが一般的。

渡星したばかりの我が家も、例にもれず自宅プールに大興奮。
着いたその日から、双子は「プール!プール!」の大合唱

外に出るには暑すぎる。
お出かけは体力を使う。

でも、家を出なくても遊べる場所が目の前にある!
気づけば、週に何度も、そしていつの間にか毎日のようにプールへ。

外に連れ出せていない罪悪感、自宅保育が続く焦り。
でも、プールで楽しく遊んでいる双子を見ていると、
「外で体を動かしてる」「成長してる」と思えて、気持ち的にもかなりプールに救われていました。

実際、この2ヶ月で、驚くほど泳ぎが上達。
潜るのがやっとだった双子、
少しづつ水に慣れ、だんだんと泳げるようになっていく変化は、
毎日の中で、確かに起きていた前進でした。

待ちに待った面談日。でも、思っていたのと違った。

1ヶ月なんとか乗り切り、ようやく保育園の面談の日。
この日を目標に、毎日を数えていました。

でも、実際に行ってみると、面談というより「来年度に向けた一般説明会」のような内容。
事前に聞いていた話と、目の前で進んでいく流れが噛み合わず、
思わず「あれ?」と感じる瞬間。

それでも、ここで引き下がるわけにはいきません。

説明会が終わったあと、
私は1ヶ月待って今日ここに来たこと、できるだけ早く入園したいことを伝えました。

その場で入園書類を記入するところまでこぎ着け、話は一歩前進。
園の雰囲気はとても良く、先生たちも優しくて、「ここなら安心して預けられそう!」と思えました。
運よく双子2人分の空きもあると聞いて、やっと光が見えた気がしました

一方で、
「1ヶ月待つ意味はあったのだろうか?この1ヶ月のワンオペは何だったんだろう?」
そんなモヤモヤが残ったのも事実です。

それでも、過ぎたことよりも
「この園に入りたい」その一点に気持ちを向けることにしました。

「もう1ヶ月」が決まった瞬間、気力が切れた

その場で書類を書き、空きもあると聞いて、喜んだのも束の間、
登録や審査が必要で、入園できるのは早くて1ヶ月後。
つまり、もう1ヶ月、ワンオペ自宅保育が確定した瞬間でした。

その言葉を聞いたとき、心の中でプツンと何かが切れ
それまで何とか保っていたバランスが、一気に崩れたような感じでした。

この頃、夫は海外出張続きで家にほぼ居ないのがデフォルト。
双子と私の3人だけの生活で、気持ちを吐き出す場所もなく、
静かに溜まっていく感じがありました。

そこから、生活が少しずつ崩れていきました。

お菓子やYouTubeに頼る日が増え、
夜更かしや遅起きも「今日はもういいか」と許してしまう。
家でだらだら過ごす時間が増えるたびに、罪悪感が積み重なっていきました。

余裕のない私に、容赦なくぶつかってくる双子のケンカや悪ふざけ。
怒りたくないのに怒ってしまい、怒ったあとで自己嫌悪。

パパ不在の生活が続き、双子にとっても逃げ場のない日々でした。
私の余裕のなさが、そのまま家の空気に出てしまっていた気がします。

もし保育園に通えていたら、
今頃はもう環境に慣れて、英語に触れていたのだろう。
そう思えば思うほど、今の生活とのギャップに、苦しくなりました。

一時預かりなど、他の選択肢もあったのかもしれません。
でも、慣れない海外生活と言語のハードルで、調べる気力すら残っていなかった。

気づけば、私のほうがホームシックになっていました。

まさか自分が、日本に帰りたいと思う日が来るなんて、
シンガポールに来たときには想像もしていませんでした。

うまくできなかった2ヶ月間のこと

「今日をどうやって終わらせるか」を考えて日々を過ごしていました。

楽しかったかと聞かれたら、正直ノー。
余裕もなかったし、うまくできている感じもしませんでした。

救いだったのは、双子の変化。
渡星直後は、少し親の姿が見えないだけで不安で泣いていた兄と、
「シンガポールの保育園には行かない!」と言い張っていた弟。

それが、プールも満足し、毎日の3人べったり生活を2ヶ月続けるうちに、
「行ってみようかな」という空気に、少しずつ変わっていきました。

この2ヶ月、
頼れる人がいない中で2人を見る限界や、無理をするとその反動がくること、
ちゃんとできなくても生活は止まらないことを、
頭ではなく体で知りました。

予定外で、遠回りで、しんどかった時間

私のシンガポール生活はここから

この最初の2ヶ月間、私が思い描いていた「海外生活」は、ほとんどなし。

夫は家にいないし、保育園も決まらない。

毎日が足踏みのようで、
「こんなことなら、日本で仕事をしながらワンオペしていた方がずっと楽だったかも」
と思ってしまう。

憧れて来たはずのシンガポールなのに、
シンガポールらしいことは何ひとつできていない気がして、
少しずつ余裕もなくなっていく。

だから私にとっての海外生活は、
この2ヶ月のあと、保育園に通い始めてから、ようやく動き出した感覚です。

スムーズにスタートできる人もいると思います。
でも私は、思いきり立ち止まってからのスタートでした。

振り返ると、
もう少しストレスためずに過ごせなかったものだろうかと。
でも、双子と一緒の新生活だったから、あれが精一杯だったとも思っています。

すこし時間が経った今は、
この2ヶ月の足踏みがあったからこそ、
今の生活、「普通に過ごせている」ことに感謝して楽しく過ごそう、
そんなふうに思えるようになりました。

毎日に感謝☺︎☺︎

以上、にこでした☺︎☺︎

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