ある日突然、夫から「海外転勤が決まりそうなんだけど!!」とLINEが届き、まったく予想していないタイミングで生活が大きく動く予感がしました。

双子ボーイズのアラフォーワーママ、にこです
この記事を読むと、
- 双子を抱えながらどんな決断をしたか
- 短期間で進めた手続き項目
- ワンオペで奮闘した準備の様子
- そして迎えた渡航当日の様子
がわかります。
同じように転勤や海外移住に直面するママやパパにとって少しでも参考になれば嬉しいです。
突然の夫の海外転勤辞令

予想外すぎて、驚き!!!
夫の会社は地域に根ざした超ドメスティック企業のため、まさか夫に海外勤務のチャンスがやって来るとは思ってもいませんでした。
けれど、実は心のどこかで、ずっと待ち望んでいた海外生活。
私は、物ごころついた時から海外への憧れが強いタイプでした。
以前、結婚してまだ子供がいなかった時に単身海外駐在をした経験があり、その時に“いつか家族で海外生活を送ってみたい”そんな気持ちを持つようになりました。
それが、突然、現実になるチャンスが舞い込んできたのです。
迷いはあった?家族帯同で移住を選んだ理由

夫の転勤が決まったとき、家族で帯同することについては、ほとんど迷いがありませんでした。
もともとの海外生活への憧れに加えて、双子が4歳という年齢も、語学に触れるには良いタイミングだと感じました。
赴任先がシンガポールだったこともあり、子どもが小さくても安心して暮らせそうだなとイメージできたことも、後押しになりました。
反対に、日本で仕事を続けながら双子を完全ワンオペで育てる未来を想像すると、今よりさらにハードな生活になるだろうなという不安。
そう考えると、単身赴任で夫不在の生活は、自分が楽しみや成長を感じられるイメージが持てず、それならいっそ環境ごと変えてしまった方がいいのでは?という気持ちの方がまさっていました。
海外に身を置けば、日常の中に新しい経験が自然と増えて、それが自分自身の成長にも、家族の絆や団結力にも、つながるだろうという期待たっぷり。
もともと数年ごとに変化を求める私の性格。
ちょうど双子が生まれ生活が一変してから5年、ふたご育児はまだまだ大変なこともあるけれど、そろそろ新しい変化・挑戦ができるのは、私にとってもすごく良い機会だと感じました。
もちろん、長く続けてきた仕事を手放すことには寂しさも不安もありました。
仕事は好きだったし、「ママ」や「妻」でない、自分の中のひとつの軸がなくなるような気持ち。
それでも家族で一緒に新しい経験を重ねられるほうが、今の私には大きな意味があると思い、帯同を選びました。
転勤辞令から出発までの2ヶ月。準備の山!

何から始めたらいいかわからない中で全部が同時進行
家族そろって海外生活をスタートするつもりだったので、辞令が出た時点から、準備は一斉に始めました。
がしかし、何から手をつければいいのかは全く分からない状態。
夫の会社では海外赴任はレアケースだったこともあり、基本的には自分たちで調べて進めるスタイル。やることは次々に出てくるのに、全体像や順番や正解が見えず、かなりヤキモキしながら進めていました。
以前、私自身が単身で海外赴任したときは、外部委託のサポートが入り、
語学学習から医療機関の手配、各種ペーパーワークまでかなり手厚く管理されていました。
十分な準備期間があり、「次はこれをやればいい」という道筋が常に見えていたので、その差は大きかったです。
今回はそういったマニュアルやチェックリストがなく、自分のこと、子供のこと、その都度 自分で調べて判断しながら進める形でした。てんやわんやしながら、結果的にほとんどの準備が並行して進んでいました。
準備期間2ヶ月のやったことリスト(ざっくりの全体像)
- 夫の海外転勤の辞令が出る
- 家族帯同の方針を決め夫の会社に伝える
- 持ち家をどうするか? 売却or賃貸の調査・決断・手続きの開始
- 自分の退職を決意・退職手続き開始
(健康保険/年金/企業型DC/退職金/年末調整など) - 双子のパスポート取得
- 家族帯同ビザ(DP)の準備・申請(夫側で対応)
- 双子の予防接種
- 自分の健康診断や歯科治療などメンテナンス
- 家族全員での同日出発を断念し、夫が先にシンガポールへ渡航
- ワンオペ生活スタート(保育園と仕事を続けながら)
- シンガポールでの住居決定(夫側で対応)
- シンガポールの保育園の保活(調査・説明会予約・ウェイティングリストに登録など)
- 家族帯同ビザ取得
- 会社の退職日と日本の保育園の退園日の調整
- 渡航時期の調整・航空券の手配
- 引っ越し準備
- 両実家への挨拶・ワンオペ帰省
- 送別会・お別れの予定(職場・友人・親族・子ども関係)
- 国外転出届、国民年金、ハローワーク延長申請などの手続き
- 各種解約(電気/ガス/水道/自宅ネット/携帯/銀行/NISAなど)
- 引っ越し荷物搬出
- ホテル生活
- 家族の渡航準備(持ち物、書類、生活用品、ホテル手配)
- 日本での生活を終了し、家族でシンガポールへ渡航
ほぼ同時進行。
今思い返すと、これらを2ヶ月でやり切るのは少し無理があったなと思います。
結果的に、夫の先行渡航となり、私はプラス2ヶ月のワンオペ移住準備期間に入りました。
準備を進める中で、特に大変だった項目について振り返ってみます。
一番ヤキモキしたのはビザ申請で正解がわからなかったこと
今回の準備期間で、一番ヤキモキしたのが家族帯同ビザ申請でした。
手続きそのものが大変というよりも、「何が正解なのか分からない状態」で判断を迫られたことが一番の原因。
現地の担当者とやり取りを進める中で、当然のように必要書類として求められたのがマリッジサーティフィケーション(結婚していることを証明する書類)
ところが、日本にはそれに相当する公的書類がありません。ここで一気に手が止まりました。
ネットで調べてみると、
・自作したという人
・シンガポールまで行き発行してもらったという人
・戸籍謄本で対応したという人
など、情報がバラバラで「結局どれが正解なの?」という状態に。
期限は迫っているのに、誰に確認すればよいのか分からず、判断が難しかったです。
退職や引っ越しの日取り、子どもたちのことも同時並行で進んでいて、
一つの判断ミスが渡航スケジュール全体に影響しそうなプレッシャーもありました。
私たちは、戸籍謄本を自分で英訳し、公証役場で公証を受け、結果的に無事に進めることができました(あくまで当時の我が家の場合です)
「手続きが大変」というよりも、「正解が分からないまま決断しなければならない状況」が、海外移住準備の難しさだと感じた出来事でした。
保育園が先か?家が先か?決め方に悩んだ話
移住準備の中で、ビザの次に悩んだのが「保育園と住居、どちらを先に決めるか」問題。
一般的には、住む場所を決めてから保育園を探す流れが多いと思いますが、我が家の場合はそう単純ではありませんでした。
というのも、夫の会社の制度で、補助が出るのは現地のローカル保育園のみという条件がありました。さらに、期の途中での入園になるため、空きがある園を探す必要もあり、選択肢はかなり限られていました。
一方で、保育園に正式に入れるかどうかは、現地に渡航し、居住者番号というものを取得してからでないと確定しません。確約がないまま、住居を決める必要があり、この判断は正直かなり勇気がいりました。
最終的には、通える可能性のある保育園を絞り込み、そこから登園が現実的なエリアを基準に住居を探す、という形を選びました。
今振り返ってみても、正解があったかどうかわかりません。
ただ、当時の我が家の条件や優先順位を考えると、この順番しかなかったようにも思います。
医療・通院・ワンオペ。想定以上に消耗した準備期間

準備期間中、意外と負担になったのが医療関係の通院。
退職日の翌日から自分の勤め先の健康保険が切れるため、限られた期間で自分の通院予定を一気に詰め込む必要がありました。
歯科や、以前から気になっていた婦人科系の検査、胃カメラ大腸カメラ検査など、先延ばしにしていたものをまとめて済ませるべく、通院スタート。
ただ、その時期は夫はすでに移住をしていて、完全にワンオペ。
自分の予定だけでなく、双子の通院も並行して進める必要があり、スケジューリングがなかなか大変でした。
ちょうどその頃、ふたごが水いぼを移し合っていて、皮膚科に通う日々が重なり、一人ずつ処置が必要で、付き添いの大人も一人ずつ必要と言われ、ファミリーサポートの方にお願いしたり、遠方から母に来てもらったりしながら、なんとか回していました。
「もし治りきらなかったら、現地の保育園に入れてもらえないのでは」という不安まで浮かんできて、気持ちの面でも余裕はあまりありませんでした。
結果的には渡航前に無事完治しましたが、今振り返ると、準備そのものよりも“同時に抱えていたことの多さ”が一番の消耗ポイントでした。
一緒に行きたかったけれど、夫先行という判断

正直に言うと、辞令が出た時点で「2ヶ月で準備して家族帯同」はかなりタイトだと感じていました。
それでも、私の中ではできる限り家族一緒に渡航したいという気持ちが強くありました。
新しい国での生活立ち上げは、きっと大変なことも多い。
それならなおさら、最初のバタバタや戸惑いも含めて、家族みんなでわちゃわちゃしながら乗り越えたい、そんな思いがありました。
この点については、夫はやや慎重派で、私の方が「一緒に行きたい」気持ちが強かったと思います。
しかし、子どものパスポート発行やVISA取得のスケジュールを現実的に見ていく中で、家族同時渡航は難しいと判断せざるを得なくなりました。
無理に間に合わせようとして準備や手続きを雑に進めるよりも、まずは夫が予定通りに渡航し、私と双子はビザが整い次第、合流する形に切り替えることにしました。
夫の先行渡航を決めてからは、「いつ合流するか」を軸に考え、無理をしすぎない範囲で、できるだけ早く合流できる日程を設定しました。
結果的に、夫の渡航から2ヶ月弱遅れて、私と双子もシンガポールへ向かうことになります。
パパだけ先に移住。ママは日本でワンオペ。

夫を見送ったあと、日本での生活は淡々と続きました。
保育園の送迎をして、仕事に向かい、毎日の食事を作る。そんな日常に加えて、通院や役所での手続き、そしてやってもやっても終わりが見えない引越し準備が同時進行。
ワンオペ自体はこれまでも経験していましたが、この期間は明らかに量と密度が違いました。予定は常に詰まっていて、振り返ると、ずっと気が張っていたように思います。いつもどこかソワソワしていて、地に足がつかない感覚が続いていました。
そんな中でも、双子はいつも通り元気で、こちらの気持ちはお構いなし、変わらない日常を過ごしていました。先の予定に気持ちが向きがちな中で、良くも悪くも、目の前の生活に戻される瞬間でもありました。
このソワソワ落ち着かない気持ちは、後の出国手続きを終えて、ゲートに向かうときに、
初めて割り切れた感覚「何かやり忘れている気がするけれど、もう仕方ない」と、ようやく一息つけた気がします。
そしてついに移住へ

船便とは別に、生活ですぐに必要なものや日本食を中心に、スーツケース、段ボール、大きな旅行バックと、かなりの量を詰め込み、羽田へはタクシーで向かいました。
出発直前まで、荷造りや片付けに追われながら、食べておきたいもの・買っておきたいものを済ませるために動き回っていた反動で、タクシーに乗った瞬間、家族全員が爆睡。
短い時間でしたが、久しぶりに深く眠れて、少しだけ体力が回復したのを覚えています。
当日の飛行機移動は、やんちゃな双子を連れてのワンオペ移動は現実的ではない!!と簡単に想像がついていたので、渡航日は夫の日本出張に合わせました。
出発はパパも合流して、家族全員での移動です。
さらに、フライトの時間帯も工夫しました。
7時間のフライトで、元気いっぱい、やんちゃ双子ボーイズが起きたまま乗り切る自信が全くなく、選んだのは深夜便。
これが大正解で、離陸と同時に入眠し、到着までほぼ眠ってくれました。
「ここまで本当によく乗り切った〜」と、ようやく肩の力が抜けた出発日の空港。
その時に飲んだ一杯は、忘れられない味でした。
準備期間は決して楽ではありませんでしたが、
その先に新しい生活が待っていると思うと、前向きに頑張れた気がします。
次回からは、実際に始まった双子とのシンガポール生活について書いていきます。


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